AAMTの「MTユーザーガイド」の関連記事内で、第2章「翻訳品質」にエラー項目が4つ(正確さ、流暢さ、用語、スタイル)しか含まれていない点に私は疑問を呈した。これには単にJTF翻訳品質評価ガイドラインのコピーが中途半端だからという理由ではなく、今後の翻訳業界にとって重要となる視点が欠けてしまうという理由がある。
JTF翻訳品質評価ガイドラインには、上記の4つに加えて、地域慣習、デザイン、事実性という3つがある。この合計7つについてその内容を簡潔にまとめる。
- A. 正確さ
- 誤訳など、原文と訳文との比較で分かるエラー
- B. 流暢さ
- 誤字や文法誤りなど、訳文自体が整っているかで見るエラー
- C. 用語
- 用語集に記載の用語が使われていないなどのエラー
- D. スタイル
- スタイルガイドに従っていないなどのエラー
- E. 地域慣習
- 訳文が読まれる地域の慣習に合っていないエラー
- 例:日本向けなのに小数点が「58,5」とカンマ
- F. デザイン
- テキストの見た目に関するエラー
- 例:ボタンの幅に訳語が収まらず、文字が見えない
- G. 事実性
- 訳文の情報に現実との齟齬が生じているエラー
- 例:日本向けパンフレットに米国の無料通話電話番号が掲載されているが、日本から通じない
上記のうち、「A. 正確さ」と「B. 流暢さ」は翻訳の質を見る際に当然注目する項目であるし、機械翻訳(MT)分野でも昔から評価に使われている。
次の「C. 用語」と「D. スタイル」も翻訳業界で現在よく用いられている。翻訳メモリーが普及するようになってからより重視されるようになったと感じる。訳文を再利用する際に用語とスタイルが統一されていないと困るからだ。さらに、これらの項目は機械的なチェックが比較的容易である。人間が目で見る必要がない項目であるため自動化しやすい。だからMTユーザーガイドで上記4つしか取り上げていない理由も、なんとなくは分かる。
続いて同ガイドに載っていない「E. 地域慣習」、「F. デザイン」、「G. 事実性」についてだ。
まずデザインだが、これは翻訳と関係ないと思う人もいるだろう。確かに翻訳を単に「テキストの変換」と定義すれば、その通りだ。だがもっと広く「訳文の最終読者の役に立つ情報を制作する」と捉えると、当然のようにデザインも入ってくる。上記例に示したように、ボタンの文字が隠れて見えなければ、ユーザーにとって何の役にも立たない。そしてこのように翻訳を広く捉える視点こそ、今後の翻訳業界にとって重要になる。ビジネスの幅は広がるし、機械翻訳システムも新たな機能を追加するヒントになる。
デザインと同じことが「地域慣習」と「事実性」にも言える。こういったエラー項目では、表面上のテキストが訳されているだけでなく、対象読者や現実世界を参照して適切さをチェックすることになる。特に事実性は出版における校閲と同じだ。だから翻訳業界は、例えば当該分野に詳しいSME(Subject Matter Expert)のサービスも提供できる。
つまり、MTユーザーガイドに入っていないデザイン、地域慣習、事実性の3つのエラー項目は、「翻訳」を単なるテキスト変換ではなく、より大きく捉える視点となるのだ。その結果、翻訳業界は新たなサービスを展開できるようになる。またMT開発者も、次に何を実装すべきなのかの手がかりとなるだろう。
確かに現状に合わせるのであれば、MTユーザーガイドのように4つで十分だろう。しかし将来まで見据えた場合、それだけでは不十分だ。エラー項目はある意味「価値認識の枠組み」でもある。「◯◯は問題であり、これを改善することには価値がある」と他人に明示できる。今後、翻訳業界が提供する価値を一般社会に伝えて成長したければ、4つではなく7つを採用し、社会に示すべきだろう。
なお、7つのエラー項目は、こちらの記事で書いたように国際規格になる可能性が高い。これも4つではなく7つを採用すべきと考える理由だ。