翻訳品質評価フレームワークのMQMは何が新しかったか

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AAMT発行の「MTユーザーガイド」を扱った記事で、翻訳品質評価フレームワークである「MQM」(Multidimensional Quality Metrics)を取り上げた。MQMはエラー評価一辺倒だった従来の業界の品質観を変えるのに大きな役割を果たしたのだが、以下の3点に特徴があると紹介した。

  • 「木を見て森を見ず」との批判に対し、1文ずつの分析評価(Analytic)に加え、文章全体を対象とする全体評価(Holistic)を提唱した
  • 「one-size-fits-all」(画一的)との批判に対し、ドキュメントタイプに応じて柔軟にエラー項目や重大度を設定できる仕組みを提唱した
  • 「品質=エラー数」と定義するのではなく、「品質=仕様を満たす程度」との考え方を基本とした
    • ※もちろん仕様で「品質=エラー数」とすればそれでよいし、現実にそうしているケースは極めて多い

MQMの新しさ

記事では取り上げなかったが、MQMが果たした役割は他にもある。

翻訳学との接続

まず、翻訳業界の品質評価フレームワークと「翻訳学」とをつないだ点だ。

翻訳学は名前の通りの学問なのだが、実務翻訳や翻訳産業との接点はほとんどなかった。その翻訳学の理論に「機能主義」がある。翻訳の方法は目的によって異なるという考え方だ。例えばアメリカの製品広告を英日翻訳するとしよう。広告の目的は販売数を伸ばすことであり、アメリカ消費者向けの広告文をそのまま日本語に訳しても、日本の消費者には受け入れられないかもしれない。日本の消費者に合わせた日本語訳にする必要がある。MQMはこの機能主義を明示的に取り込んだのだ。上記リストの2番目に挙げた「ドキュメントタイプに応じて…」の部分とも関連している。

事実性の提唱

次に、「Verity」(事実性)のエラー項目を提唱した点がある。これは「対象読者にとって適切ではない」というエラーである。例えば、アメリカ企業のパンフレットに無料通話番号が載っており、それが日本語に訳されていたとしても、日本から無料で電話がかけられないのであれば、ユーザーにとって適切でない。つまり、単に表面的なテキストが訳されているだけではダメで、現実世界を参照し内容の適切さをチェックする項目なのだ。出版における「校閲」に該当すると言える。

実はこれは今後さらに重視されるエラー項目になるかもしれない。というのも、現在のMTで行っているのは表面的なテキスト変換であり、内容の妥当性までは見ていない。そのため、まず翻訳業界にとってはMTとの差別化を強調しやすい部分である。例えばSME(Subject Matter Expert)によるチェックなどだ。さらにMT開発者にとっても、次に研究開発を進める部分になるかもしれない。

なお、MQMの制作者自身(Lommel氏)も、Verity導入はMQMの大きな功績だったようなことをどこかで言っていた気がする。

MQMの新バージョンとISO

この記事を書こうと思って気づいたのだが、なんとMQMのバージョンが2に上がり、ウェブサイトも移動したようだ。

バージョン2のエラー項目は次のようになっており、「流暢さ」と「事実性」などの名前が変わっている。

  • Terminology(用語)
  • Accuracy(正確さ)
  • Linguistic conventions(言語慣習)
    • これまでFluency(流暢さ)
  • Style(スタイル)
  • Locale conventions(地域慣習)
  • Audience appropriateness(最終読者妥当性)
    • これまでVerity(事実性)
  • Design and markup(デザインとマークアップ)
    • これまでDesign

名前変更はISO 5060との調整かと思われる。ISO 5060は翻訳品質評価に関する国際規格で、もう少しで発行される予定だ。要するにMQMバージョン2のエラー項目はISO規格と同一になると考えられる。


前回記事に書いたが、AAMTのMTユーザーガイドでは2.6節に「上述した品質評価の指標は、世界的な共通の品質評価枠組みとして整備されています」と書かれているものの、挙げられていた指標は「正確性」「流暢性」「用語・専門用語」「スタイル」の4つのみだった。もし「世界的な共通の…」と言うのであれば、少なくともISO規格になるエラー項目は入れて欲しいところであるし、もし4つに絞るのであれば、その理由も知りたいところだ。


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